
日光連山に連なる足尾山系の山々から流れ出た清らかな水は、やがて広大な関東平野の北端に位置する栃木の地で豊かな湧き水となり、田畑や街をうるおしてきました。栃木市西部・皆川の地を発した水もまた清泉となって、今日まで緑豊かな栃木の繁栄を静かに支え続けてきたのです。
中世から近世期における下野国は、北関東の要衝として複雑かつ多様な歴史的展開を遂げてきました。その中で、皆川の地を拠点として現在の栃木市域の大半を納めるに至った皆川廣照公は徳川幕藩体制への大転換期に、柔軟かつ戦略的な動きを見せた武将として再評価が進みつつあります。
皆川城(通称法螺貝城)を拠点とした廣照公は、中央権力の実力者らと巧みな外交交渉を駆使し幾多の戦を乗り越え、戦国の世を駆け抜けた名将でありました。
さらに、廣照公は、領国経営において巴波川の水運を活かせる栃木の地に城を築き、城下町の整備に着手するなど、現在の栃木市形成の礎を築きました。さらに、茶道の秘伝書を伝授されるなど、武将であると同時に高い教養を備えた文化人でもありました。しかしながら、これら皆川氏関連の研究は、未解明の史料や未検討の課題も多く、さらなる研鑽と歴史認識の共有・継承の場が求められています。
2027(令和9年)は、廣照公の生誕480年・没後400年の節目を迎える記念の年に当たります。私たちはこの機会に、皆川氏に関連する歴史を調査・研究し、その成果を広く市民と共有・継承していくことを目的として「皆川歴史研究会」を設立しました。会員相互の研鑽を深めるとともに、市民の誰もが参加できる開かれた学びの場を築き、研究成果の社会還元を目指します。在野の研究者・学生・地域住民の皆様との連携を深め、皆川氏の実蹟を踏まえた正しい地域史の構築と次世代への継承に資する活動を推進してまいります。
私たち「皆川歴史研究会」の活動が、ふるさと栃木への愛着と誇りを育み、栃木の未来に潤いをもたらす清泉となって、歴史と文化が息づく活力あふれる栃木の創出につながることを願ってやみません。
ここに、「皆川歴史研究会」設立の趣旨にご賛同いただける方々の積極的なご参加とご協力を、心よりお願い申し上げます。
2025年12月22日